自分の意見を求められても、分からずに困ってしまう
仕事でもプライベートでも自分の主張を持てないと、ときに信用されなかったり孤独になったりして辛い思いをしがちですよね。
しかし本当は、自分の意見や考えを持っていないのではなく、言わないことによるメリットがあるからだとしたら、どう思いますか。
本記事では、自分の意見を持つための方法論について解説していきます。
自分の意見や考えを持つために最も有効な方法とは
どんな人生を生きていても、必ず自分の発言を求められるシーンというのはありますよね。
- 上司から、担当している仕事への意見を求められた
- 夫(妻)の質問にうまく答えられず、「責任感がない」と言われた
ではどうすればよいのかというと、自分の意見や考えを持つために最も有効な方法は、想像上でも構わないので、きちんとその問題の当事者になることです。
たとえば仕事でミスが発生して、上司からその再発防止策の意見を聞かれたとします。
こうした時もしも、そのミスによって自分の今月分の給料が0円になるなど自分に実害が起こるかもしれないとイメージできなければ、当事者意識は持ちにくくなってしまいます。
そのため当事者としての自分の意見を持つためには、たとえば、
- 自分の利益が最も大きくなる方法
- 自分の損失が最も少なくなる方法
- 自分のネガティブな気持ちが楽になる方法
こうした解決方法を考えるという視点をもつことが重要になります。
それは何かしらの問題に対する答えというのは、置かれている立場によって全く異なるからです。
それでも当事者としてのイメージを持てないという場合、
自分の意見を持つことができなくなった理由を探ること
こうしたことで見えてくるものがあるんです。
自分の意見や考えを持つことができなくなった本質的な理由
自分の意見や考えを持つことができない人は、自分の意見や考えを持つことを良しとしない親元で育ってきた可能性があります。
たとえば親が、
- 自分と違う考えを、子供が持つことを許さない
- 子供の言う意見を、いつも否定ばかりする
こうした親に育てられた子供は、親や周りの人の意見が、絶対正しいと思わざるを得なくなります。
さらに子供は親に自分の意見を否定され続けると多くの場合、自己主張が苦手になる傾向があります。
そうして子供は、相手が求めているであろう意見と異なる、自分独自の意見を言うことに対して、
- 「とにかく良くないことだ」
- 「相手の機嫌を悪くする行為なんだ」
このように思い込んでしまう可能性があるわけです。
他人と違う自分の意見や考えを言うことは、相手を否定することにはならない
自分の意見や考えを持つことを良しとしない親元で育ってきた人は、
自分の意見を持つこと=相手を否定すること
だと感じてしまっている場合があります。
それはそうした人の親自身が、自分と違う意見や価値観を子供が持つことを「自分への否定」だと捉える傾向があるからです。
その理由は、こうした親は自分と他人の心の境界線があいまいなために、
「他人は、自分と同じ考えや意見をもっているはずだ」
と無意識下で思ってしまっているためです。
こうした親元で育てば、
- 親から否定されたり、怒られたりしない意見(=親の意見)しか言わなくなる
- 自分の意見を言わずに「任せます」としか言えなくなる
こうした振る舞いしか、できなくなりかねません。
そして常に「親や他者から、どう見られているだろうか」という他人の目や世間体にばかり意識が向くようになってしまいます。
他人から良く思われるためには、多くの人の意見や考え方に同調して合わせるのが一番妥当なことになります。
そうしていつの間にか、
自分の意見を持たないことこそが、自分を守る術
となってしまうわけです。
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当事者意識を持つために必要なこと
自分の意見や考えを持つために最も有効な方法は、きちんとその問題の当事者になることでした。
ではそうした当事者意識を持つためには、具体的にどうすればよいのでしょうか。
先に意見や考えだけを持とうとしても意味はないと知る
何か自分なりの意見や考えを持とうとしても、
- その問題をどんな切り口から見るか
- 最終的に今のままでは誰が困るのか
そういった視点を持てないと、なかなか自分の意見は生まれてこないものです。
つまりその問題自体に、どんな小さなことでもいいので興味を持つからこそ、何かしらの意見が生まれるわけです。
そして問題に関わる人の気持ちや心情に興味を持つことができれば、おのずと自分の意見を持つことができるようになるはずです。
日頃から批判的に物事を捉えてみる
なかなか自分の意見や考えを持てずに悩んでいる人は、何でもよいのでまず物事を批判してみることが効果的です。
それは肯定的な意見よりも批判的な意見の方が、周りの人へのインパクトも大きく、「この人は自分の意見を持っている」と思われやすいからです。
そして批判的な主張が重要なのは、反論的な意見ほど、自分の発言に責任が生じるためです。
自分の意見を持つということは、自分の人生に責任をもつということ
これまで自分の意見や考えを言えなかった人は、確かに苦しい思いをしてきたと思います。
しかし自己主張をしないことによるメリットも同時に得ていたと言えるんです。
そのメリットとは、自分の発言に責任を負わずに済んできたというものです。
何か自分の意見を言ってしまえば、それによって、
- 相手の意見を批判するならば、対案を出せと言われる
- 自分がその問題に対して、主体性をもって動かなくてはならなくなる
- 後から自分の発言の責任を取らなければならなくなる
仕事でも友人関係でも、自分が主体性を持たずに相手に任せる生き方は、場合によっては楽かもしれません。
しかしそうした生き方は、結果的に何事も他人に振り回されやすい人生となってしまいかねません。
たしかに幼い頃の親は、「親とは異なる自分の意見を持つことは、悪だ」と見なしてきたかもしれません。
しかし今現在、自分の周りにいる人たちのほとんどは、自己主張を悪だと思うような人ではないはずです。
いきなり自分の意見を持って主体的に生きることは、誰でも難しいものです。
だからこそ少しずつ自分の意見や考えを持ち、また少しずつ他人への自己主張をしていく経験を積んでいくことが大切なんです。