やる気はあるのに、やる気がないと思われてしまう。
普通に接しているつもりでも、相手を不機嫌にしてしまう。
職場での居心地が良くない…。
自分は一生懸命にやっているのに、なぜか誤解されると、
「自分の何がいけなかったんだろうか」
と、つい自分を責めてしまいがちになっていませんか。
本記事では「自分って誤解されやすい」と悩んでいる方が、押さえておくべき事実について解説していきます。
「自分って誤解されやすい」と職場で悩む人が知るべき真実
誤解されやすいと悩んでいる方は、主に
- 実際に誤解されやすいパターン
…自己主張・自己表現が弱い - 過敏に他人の態度を気にしてしまうパターン
…自意識過剰になってしまっている
この2つのパターンに陥っている可能性があります。
そして、このどちらの場合でも押さえておくべき大切なことが3つあるんです。
- 社会では「全てが演技」だということ
- 他人の評価や気持ちは変えられないということ
- 居場所がないと感じるなら、人間関係の断捨離が必要であること
それでは、これらについて詳しく解説してきます。
そもそも社会では「全てが演技」だと知ること
誤解されやすい人が意外と押さえられていない事実があります。
それは、
「この社会での人間関係は、極端な話、全てが演技である」
ということです。
これは言い換えれば、「本音と建て前」をきちんと使い分けるということです。
たとえば、仲の良い先輩が担当していた仕事を引き継ぐことになったとします。
渡されたマニュアルを見ると、すごく分かりにくいものでした。
その時、先輩が自分に話しかけてきました。
「この仕事のマニュアルは俺が作ったんだよ!分かりやすいだろ?」
こんなシチュエーションの時、自分なら先輩に対して何と答えるでしょうか。
これって正直、「正しい答え」ってないんですよね。
状況によって答えはもちろん変わってきます。
- 先輩とどの程度、気心知れた仲なのか
- 会話をした場所・環境(職場?周囲に同僚は多くいたか?)
しかし、もし自分のことを「誤解されやすい」と感じているなら、
「自分は、相手のことを読み違えているのかもしれない」
と一度は疑ってみるべきなんです。
人は気心の知れた仲の良い人に対しては、本音で話をしますよね。
けれど、自分は相手との心の距離が近いと感じていても、相手はどう思っているかは分からないわけです。
つまり、誤解されやすい人はこの建て前の使い方が甘い可能性があるんです。
そして、どんなに心の距離が近いとしても、この社会では本音を言えば角が立つことの方が多いのが現実なんです。
共感的な発言・態度を意識して「誤解されやすい」を軽くしていく
他者と良好な関係性を保つには、たとえ自分がどう思っていようとも角が立たない言い方・態度が重要になります。
噓も方便と言われるように、正直に言うことがいつも誠意になるとは限りません。
そこで、相手に誤解されないよう振舞うために有効なのは、共感的な発言・態度です。
共感的な発言・態度とは、自分も他人も大切にする振舞いのことで、主に次の3つのステップで行うものです。
- 相手の意見や態度をまず、受け止める
- それに対して自分が見て感じたことも一度 受け止める
- 相手の気持ちを尊重しつつ、きちんと自己主張をする
これはたとえば、
- 自分が賛同できないような意見を相手が言っていても、「そうですかね?」と否定から入らない
- 自分が忙しい時に、普段サボっているように見えている同僚から仕事の頼み事をされた場合でも、一瞬いやな顔をしたり、「私も忙しいんです!」と言い切らないようにする
ということです。
誤解されやすい人は、表情・態度・姿勢が自分の思いと合っていない
非情ですが、この社会は目に見えない努力よりも、目に見える振舞いが評価の対象となりがちですよね。
どんなにいつも頑張って多くの仕事をこなしていたとしても、ある日、同僚から
「上司があなたのことを『あまりやる気のない人』だと思っているらしいよ」
と聞いてしまうこともあるかもしれません。
なぜそうなってしまうのかというと、理由の一つには、
「やる気があるように見える態度、振舞いが出来ていなかった」
ことが考えられます。
社会では、その場にふさわしい表情・姿勢というものがありますよね。
- 新入社員や若手社員は、率先して雑用をするべき
- 姿勢正しく座っている人=仕事が出来る人 と思われがち
- どんなにイライラしていても、少しでも雑な振舞いとして態度に出すべきではない
結果さえ出していれば、評価される訳ではないですよね。
「一生懸命に仕事をしているフリ」、「やる気があるフリ」も非常に大切で不可欠なことです。
それが社会は全てが演技であるという大きな理由です。
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他人の評価や気持ちは変えることができない
世の中には、自分の力で
「どうにか出来ること」
と
「どうにも出来ないこと」
がありますよね。
自分の力でどうにも出来ないことの代表に「他者からの評価」があります。
たとえどう振舞っても好かれる時は好かれるし、嫌われる時は嫌われてしまうものです。
しかし、この当たり前の事実をきちんと認識できていないと、
- いつも笑顔で挨拶をしているのに、相手は挨拶してくれない
- 遅くまで残業しているのに、その努力を評価してくれない
といったことで悩みにハマってしまいかねません。
結局のところ、自分が出来る事をやって最善を尽くしたら、それをどう評価するかはもう相手次第です。
そう思えないと、
自分は良い振舞いをした
↓
相手はそれを評価するべきだ
↓
なのに、なぜ評価してくれないんだ!
という怒りや不満に自分が振り回されてしまいます。
そもそも、人は自分にも他人にも色々なレッテルを貼ってしまう生き物だと知ることです。
自分も勝手に他人を決め付けてしまっているし、他者からも勝手に決め付けられてしまうもの。
それに気付けるだけでも、自分は誤解されやすいという悩みの軽減につながっていきます。
>>>「自分の辛さをわかって欲しい」人が、実は本当に望んでいるもの
居場所がないと感じる人は、人間関係の断捨離が必要
誤解されやすいと悩んできた人は、これまで良い人間関係に出会えずに、自分にとって良くない人間関係の中で頑張り続けてきたのかもしれません。
ここでの「良くない人間関係」とは、つまり自分と相性が悪い人ということです。
- 一緒にいると、なぜかすごく疲れる
- 過度に気を遣ってしまう
- 接すると、なぜか自分に自信がなくなる
- どうしてもNOと言えなくなってしまう
一緒にいてこうした状況にいつも陥ってしまう相手とは、一度距離を置いてみた方が良いかもしれません。
根本的な解決のためにまずは、
なぜ、自分が特定の相手といると自信がなくなったり、過度に気を遣ってしまうのか
という自分自身について知る必要があります。
それは「人間関係を終わりにする」というのがとても心理的に負担の大きい事だからです。
なんせ、
「特定の相手と距離を置く」という相手へのNOとも解釈できる行為
をすること自体への抵抗心をまずは下げる必要があるからです。
「ここが自分の居場所だと思える人間関係」の中に入る
ここが自分の居場所だと思える人間関係とは、
- 一緒にいてもなぜか疲れない
- あまり気を遣わずに自然体でいられる
- その場にいるとなぜか今のままの自分でいいと思える
- なぜかイヤなことにはNOと言える
そしてこれらに加えて、自分が少数派ではなく多数派としていられる関係性のことを指します。
自分が多数派でいられる関係性とは、自分と関心事やマナー、価値観が似た人達の集団(職場、友人関係など)に身を置くということです。
今自分がいる集団や知っている集団に自分を合わせる、つまり自分を変えるよりも、自分に合った、自分が無理をせずに身を置ける居場所を探す方が現実的です。
自分の居場所を探す方法
「自分の居場所がなかなか見つからない」
それはもしかすると、普段日頃から
- 自分の関心事
- 困っていること
- 自分の価値観
などを他者に開示せず、出していないことが一因かもしれません。
他者に対して本当の自分を出さない限り、その本当の自分に気付いてくれる人はそうはいません。
しかし、ジレンマですよね。
「本当の自分をさらけ出してしまったら、周囲から人がいなくなってしまうのではないか」
その葛藤に揺れ動いてしまいそうですよね。
しかし、その本当の自分で他者と接してみると、自分も周囲の人の中から同じ価値観の人を見つけられるアンテナが敏感になり、他者も気付いてくれるようになります。
つまり、本当の自分を出すことで、「ここが自分の居場所だ」と思える人間関係の中に入ることができ、それが結果的に『誤解されにくさ』につながっていくんです。